[安全] 接着と塗装 — 機械系溶剤の基礎知識
実験装置を水回りで使用する本研究室では、実験装置の防錆対策は必須です。
理想的には非金属樹脂材料や、18-8ステンレスなどを使用すればよいのかもしれませんが、樹脂は強度と重量でいろいろと使いにくさがあり、ステンレスに至っては、高価でこれも重量がかさむことが問題です。また、たとえステンレスとは言え、手入れを怠れば結局さびてしまいます。
結局、腐食に配慮してほどよいアルミ合金と、可視化に使用する部分のみアクリル剤を使用することになります。それ以外は、鉄材を削り出して、強度と重量の問題を軽減し、塗装を併用して防錆します。歩留まりが悪すぎるとこれも問題ですが、装置本体ではなく付属装置であれば価格も許容できるので、機械系らしく形状に知識をつぎ込んでよい装置を作ってもらいたいものです。
機械系溶剤。
ここでは、加工後に洗浄する歳の溶剤や、塗装下地、塗料溶剤、そして様々な材料を強力に接着する接着剤が主題です。
1999年の法令で有機溶剤も含めて化学物質の管理(PRTR法)が定められ、本法人でも市販システムの購入、導入はなされました。が、そもそも、化学物質は様々なものに含まれているにもかかわらず、そういう研修をほとんどせず、定期的な教育やわかりやすい情報提供もしない法人の一つが本法人です。「大学教員は自分で学ぶもので学生は教員が教えるもの」という安全衛生責任者のお考え(まさか無知と言うことはないですから)なので仕方ないです。一般職員についても基本的には自己防衛のための自己研修で保っている部分がほとんどというのが実態のようですが。労働安全衛生関連の規則が特例で免除されているからほうったらかしになっているのですが、本来は、個人ではなく組織に対して、おおらかに見てとやかく言わないけれど研究機関の大学なんだから大局的見地できちんとできるよね、っていう厚労省の意図なんだと思うんですが・・・^o^;;
そこで本研究室学生さんのために、まず有機溶剤の分類の基本を少し。
健康に関連する規則の一つで、「特定化学物質障害予防規則」というのがあります。ほかにも似たような名称の規則が複数あるようです。そこに薬品のランク付けが掲載されています。この手の規則共通の分類で、一番危険なものが第1種や第1類というように数字が小さいです。数字の大小は危険度にある程度相関しますが、各シチュエーションに当てはめた場合には必ずしもそうではないようです。
第1類には発癌性のあるベンゼン等15物質を含みます。ちなみに、発がん性物質はたばこ粒子など含めて世の中には多数あります。発がん性物質は多くは細胞に刺激を与えているうちにある時点で限界を超えたときに特異変化してがん化します。ま、ハラスメント加害者と被害者の関係のようなものですね。
第1類物質 がん、中毒等障害を起こす物質。製造工程で許可が必要なもの。
第2類物質 がん、中毒等障害を起こす物質。第1類以外のもの。漏えいの注意必要。有機溶剤以外も含む。
第3類物質 中毒には大量漏えいが必要。
最近は基幹物質はそもそも使用制限がかかって入手できないようになっているものもありますが、研究機関ではたいていのものは入手する気なら入手可能です。有機溶剤は、皮膚に触れない、目へ暴露しない、吸い込まない、が大切。シリコンゴムのような溶けない手袋と、有機溶剤用フィルターマスクとゴーグルの使用が安心。その上で、あまり息をしないようにしてください・・・^^;。普通に入手できる物質では、ちょっと手についたくらいで将来必ずがんや中毒になるものではありませんので、火と野獣ではなく、エンジニア候補生らしく知性的、理性的に考えてください。
で、もし、万が一、これらと直接接触したら。
- 皮膚に触れる
基本的に本研究室では、皮膚に触れただけで異常が直ちに起こるような溶剤等は少ないと思いますが、皮膚から吸収されたときに将来悪影響を及ぼしやすいアクリル用接着剤等には注意してください。- 揮発性の有機溶剤:使用時と同様、気化したガスを吸わないようにしつつ、皮膚の溶剤を速やかに拭き取る、蒸発させる。
- 不揮発性の溶剤:速やかに石けん等の表面活性剤を用いて皮膚から洗い流す。コンパウンド入り洗剤の使用。
- 目に入る
目は実はたいへんです。目薬でもわかるように、体内に入っていきます。速やかに多量の流水で洗い流すしかありません。流しながら、できるだけ早く医療機関に行くか救急車を呼んでください。蒸気にも要注意です。 - 嗅ぐ
ついやってしまいがちな行為ですが、体内に吸収するという意味では危険な行為のひとつです。十分に希釈されたものをコントロールしてにおいを調べるとしても、薬品の濃度と臭気の関係は様々です。無臭の物質の場合には無意識に多量に吸引してしまい、鼻腔や肺などの呼吸器系を損傷する可能性があります。万が一吸引した場合は、症状のある場合は至急、それ以外も早めに医師に相談してください。 - 飲む
飲むことはもっとも危険な行為のひとつです。消化器系は基本的に吸収するための外皮です。飲用してしまったときは、なんらかの方法で体外にはき出す、化学的に中和したり安全な物質に変化させる、多量の水を飲んで薄める、等、体内への吸収を極力緩和しないといけません。化学の専門知識も必要ですので、至急、救急車を呼んでください。誤飲を招くような容器の使用は厳禁です。
溶剤
アセトン(ラッカーシンナーなど溶剤にも含有)
用途;脱脂。加工品のあぶらとりや塗装前の表面洗浄。マニキュア等にも使用。
特徴;揮発性が高い。つまり、作業性がよい、引火の危険性が高い。
健康;揮発性が高いので目などを侵食しやすい。体内に入った場合、溶剤なので各所(呼吸器、血管、消化器など)を侵食しやすい。生殖影響は低いものの可能性有り。
最近はアセトン代替洗浄剤もあるのでそちらも検討方。
トルエン
用途:塗料、接着剤、ガソリンにも配合。
特徴:きわめて揮発性が高い。
健康:揮発性の高い溶剤なので広がりやすく換気していれば濃度は極端には濃くなりにくい。揮発性が高いので引火に注意。
イソシアネート
用途:ウレタン系塗料の溶剤や硬化剤。
特徴:イソシアン酸が含まれ、いろんなものとくっつきやすい。
健康:トルエンの百万倍の侵食性(毒性)。呼吸器や目の炎症の他、中枢神経を侵される危険性。皮膚が炎症を起こすことも。消化器よりも呼吸器から血液に入ったときが怖い。蒸気は水ミストと接触すると無毒化される。湿式マスクも有効かも。
その他
既成接着剤や特に既成洗浄剤には有毒性が未知の有機溶剤が含まれていることがあります。上述のような純粋な溶剤を使用する方が適切な使用の下で安心なことが多いとおもいます。ただし、ポピュラーなものは、年限を経ているるので安全性が高い。また、通常の市販品では、本研究室のように滅多に使わない環境では、使用時によっぽどのことがない限りは健康被害にならない濃度に工夫されている。何事も無知が最大の危険で、適正使用が大切です。
溶剤による健康被害防止のきっかけで有名なのは、1930年頃の大阪生野の化学靴(オードリー)ヘップバーンサンダル(ミュールの一種)流行時の小工場におけるベンゼン接着剤閉所使用による重症貧血死亡例だそうです。その後ベンゼンをトルエンに変更し、ベンゼン接着剤はなくなりました。ちなみにその頃課程に転がっていたのは1字違いのベンジンです。これはガソリン系の無極性揮発油でホワイトガソリンはさらに純粋です。ベンゼンは揮発性なので洗浄にも使えます。燃料用と違い洗浄用は洗剤が入っているので燃料には不適です。21世紀になって発覚した有名な物質と健康被害事件は、印刷機の洗浄液に含まれていたとあるジクロロプロパンの長期使用による胆管がんです。発がん性があることがわからなかったので多くの犠牲者が出ました。この洗浄剤にはアクリル接着剤に使われるジクロロメタンも配合されていたため、ジクロロメタンも労災対象となり、発がん性についてはグレーなままです。ま、このようなお話は本来は知識ある安全管理者およびその担当者がすべきところですので、内容の真偽はそれなりの手当を受け取って責任あるポストのえらい人に相談してください。
接着剤
接着剤の話をするには、まず用途が大切です。本研究室で使用することが最も多いのは、アクリル接着でしょうか。最近では、樹脂での造形も身近になりましたので、いろんな樹脂の知識まで必要になってたいへんです。そんな多様な樹脂に対応する接着剤は、上述の話から、結構危ないものが含まれているかもしれませんので、メーカー使用方法に則って安全に使いこなしましょう。
本研究室取り扱い材料は、アルミ系、鉄系、銅系、の金属、バルサ、合板、杉などの木材、天然ゴム、シリコンゴムなどのゴム材、アクリル、スチロール系、ABS系、ほか、ポリカ、ナイロン系、ポリアセタール、ポリエチレン系、などのエンジニアプラスチック、等々です。シリコンゴムとエンプラは基本的に機械的接合を検討してください。
接着偉材の作用を個人的ですが大まかに分類すれば、
・溶かして融合
・くっついて接合(ハード)
・くっついて接合(ソフト)
・染みこんで接合
と分類できると思います。金属やゴムなどのように溶けない、染みこまないようなものは基本的にくっつく系です。半田も一種の接着と考えればやはりくっつく系です。さもなければ、それは溶接になってしまいます。接着剤そのものを溶かすためには溶剤が含まれています。溶かして融合には、やはり溶剤が確実に関わってきます。溶剤の危険性は上述の通りですが、接着剤は単一の溶剤でできていないことがあるので安全的には複雑です。とはいえ、接着時に顔を近づけて深呼吸などせずに、換気さえしておけば、毎日使用していてもまず大丈夫です。
使用に関しては、一番は接着剤の用途を見ることです。当たり前のようですが重要なことですし、唯一の方法です。複雑な市販接着剤を素人が成分で判断するのにはかなりの労力が必要なので関心のある人にお任せします。それでも必要なのは接着対象材料の認識です。これだけでもたいへんです。樹脂を使用する場合に一番賢明なのは、最初から接着剤に合った素材を選択することです。うかつに適当な世間的に一般的でない樹脂素材を手に入れたときには、接着剤による接合はしない、できないことを前提にすることです。ちなみに、瞬間接着剤(主成分シアノアクリレートの安全性は高い)は、くっついて接合(ハード系)ですが一般に脆性的破壊するのでクリティカル強度メンバーには使わないようにしてください。ゴム系接着剤はくっついて接合(ソフト系)です。最近のシリコン系スーパーボンド、シール材なども、くっついて接合(ソフト系)で、素材によっては染みこんで接合のように使用も可能、シリコンゴムには剥がれそうですが下地処理次第です。基本的にくっつく系は接着面積が必要です。ソフト系は、板と板の貼り合わせ接合は許容しても、基本的には弾性が大きく本研究室的には機械的接合ではないことに留意。また、2液混合型エポキシ系接着剤(くっついて接着)では水槽等の製作は水圧崩壊の危険があるのでしないでください。また、漏水、空気漏れには、基本、漏れ出たところにパテ、シール等を塗っても無駄です。
以上を踏まえると、対応表はとても素っ気ないものになっています。
アクリル樹脂 :アクリル接着剤のみ。アクリル接着剤は胆管がん事件に関わったジクロロメタンで、本研究室では一番要注意接着剤かもしれません。
ABS樹脂 :ABS用接着剤。
スチロール樹脂 :スチロール接着剤。ABS接着剤が使えるかも。
植物由来樹脂(PLA) :アクリル接着剤を試してみる
一般樹脂には模型メーカー接着剤は強度的にも有効なことが多いようです。ただ、成分は、アセトン、ケトンなどの混合物のようです。流し込んで接着する低粘度タイプは溶剤のみ、どろっとしたものは接着対象のスチロールやABSなどを添加して粘りを出しているようです。それさえわかれば、ある程度は、どんなものをくっつけられて、その強度がどうなるか、などの機械的予測が立てられそうですね。
ま、工作しない学生さんに、「接着剤にも相性がある」と言うことに気づいていただいて、そこからいろいろ思考を巡らせていただけるきっかけになれば、それだけでも幸いというものです。
[参考]
小西ボンド
http://www.bond.co.jp/bond/support/knowledge/
スリーボンド https://www.threebond.co.jp/ja/technical/seminar/adhesion.html
セメンダイン
http://www.maruya-t.co.jp/products/cemedine/list.htm
ゴム通
https://gomu.jp/feature_contents/bond
おもちゃ病院
http://www16.plala.or.jp/toy-hospital/index07/index07.html