[01] MIL-HDBK-5 きかいのき_翼のある乗り物、二点
MIL-HDBK-5
さて、害のない範囲でのお話です。
世の中には、あ、機械工学の最近の学究世界ではなく実社会の工学の世の中ですが、標準というものが存在します。
最先端部門では、一般に多くのことがまだ標準化されていないですが、それでも機械工学の分野では、市販品を全く使用せずに試作機等を製造することはあり得ません。何か形状、機能はオリジナルでも、それを形にした場合には、大抵の場合は、基本的な機械要素が使用されるはずだからです。
そういう理由で、どのような機械、装置でも、ソツなく一発で、しかもリーズナブルに設計できる機械系技術者のニーズは、たぶんなくなることはないでしょう。それが機械系技術者は潰しがきく、という都市伝説のルーツと思います。このようなことを考えると、機械系技術者における設計と製図のそれぞれの能力の関係もどのようになっているのか考えられると思います。つまり、設計(企業では開発や研究?)のできない機械系技術者ほど機械系技術者としての意義は薄いということです。そうでなければ、せめて高品質な製図ができればよいのでしょうが大学卒業でそれがメインというのであればかなりのレベルが要求されそうです。
分散化業務全盛の時代、つまり、ジャンル外の人材に直接数学や力学の基礎的問題を任せるよりも、その専門家をチームに入れてトータルとして機能させる時代です。技術やコスト制限が高度になる時代ほど、専門家は自分の専門技術を磨くのが一番でしょう。
機械系技術者が製品製造業で本来求められるべきものは、性能機能を向上させるアイデアを力学の知識などを“工学的実践的に”利用して創造、具体化し、標準を使いこなした強度を満たすコストパフォーマンスのいい製品を形にすることです。製図は、それを製造部門に伝える言語で、設計作業と製図作業は、どう分けるかの差異はあるものの、会社によっては部署が別れていることも多いのが実態です。
つまり、図面作成は専門のオペレーターに任せれば、あっという間に質の高い図面を完成させてくれます。そういう専門家の能力を活かすためには、上流にいる機械技術者が設計ポリシーを簡潔に効率よくしかも正しく伝えることが必要です。いい製品を企画開発しても、この時に情報伝達に齟齬があれば試作には不具合が生じる確率が高くなるでしょう。そのことは、開発費がかさみ、会社の収益が減少するか、商品の価格競争力が低下することを意味します。別に図面を自分が直接描くわけでもなくても、製図の知識がいるということが想像できるでしょうか。
さて、標準にもいろいろ作成元があって、授業で出てくる標準には、国際標準のISOと、国内標準のJISがあることは流石にご存知でしょう。この二つがどのような関係にあるかも学んでいることと思います。最近では、さながらJISはISOの日本語概略版の様相を示している部分もあるようです。新しい分野や一部分野では、本規格はISOxxxxを翻訳したものである、詳細はISOを見ろ、と明記しているものもあるようです。
実は、ISOの一部にも元になっている規格があります。そのひとつがMIL規格です。もちろん電気関係では、IEEEなどが有名ですが、MILは、アメリカの軍用規格で、軍で使用している物品を生活用品までカバーしていました。一般に、MIL-SPEC (ミルスペック)と呼ばれています。電気、電子関係の工作をする人なら、特にコネクターで「MIL規格品」というカテゴリーをよく目にすることでしょう。電子機器は軍用分野が進んでいること、特に航空機や潜水艦など空間的制限の強い特殊なところで使用することなどから、かさばるコネクターや振動に対しては強いこだわりがあるのかもしれません。軍では広範囲のものを扱っているので、その規格は充実しているだけではなく、民需ではなく官需であるということから、その種類の多様さも民間規格の群を抜いていますし、何よりも最先端の物品の規格が標準化されています。まぁ、規格のガラパゴス化、みたいな感じですね。あまりにもこだわりが強くなりすぎて、ちょうど当時頃から電子部品関係はIPCへと移譲、移管して合理化を図っているようですが、これこそCOTSの起源ということでしょう。
さて、機械工学の話に戻って、機械開発設計においては、要求の策定から基礎設計を経て、形状概要を決めた後、図面上で製品の吟味が開始されます。この作業では、基礎設計や企画時に盛り込まれなかった事項について、新たな課題も含めてそれこそ製品の様々なことが吟味されます。
機械で一番大切なのは、壊れないことです。
ただ動かなくなる、使えなくなる、というのではなく、部品一つが破壊するだけで、重要な機能が喪失して、人命に関わることがあるからです。性能も大切ですが、実際性能が多少カタログ値より低くても、それは倫理的に問題ではありますが、特に一般向け商品では動かなくならない限りはクレームが来ることも少なく、モラルの高くないメーカーでは窓口でごまかしてしまいます。そもそも一般人には証明する術を知る機械工学的知識を持った人は非常に少ないですし。
そんな機械工学技術者の範疇で、効率的な構造を一番求められる製品の一つは、航空機です。航空機では、最大ペイロード(maximum payload)と製品本体重量(空虚重量 : Manufacturer’s Empty Weight, MEW)は最大離陸重量(Maximum Takeoff Weight, MTOW)の中でトレードオフです。さらに、空力性能は燃費等に影響し、揚力は直接最大離陸重量という形で最大ペイロードに影響し、抗力は燃料消費率からくる航続距離との兼ね合いで燃料搭載量とトレードオフで最大ペイロードの有効搭載重量をシェアすることで影響を与えるからです。
つまり、軽量化した構造が製品性能に貢献できる分野です。
MIL-HDBK-5 には材料に関する規格が満載です。今は最新は revision J ですが、私が初めて出会ったのは 5C でした。
https://www.weibull.com/knowledge/milhdbk.htm https://apps.dtic.mil/dtic/tr/fulltext/u2/a093212.pdf
学生時代は、大学の授業では材力ばかりで、構造に関する力学や工学のことは視野も狭く、材料力学の適用については実務で学ぶことになりました。特に、本学の機械工学の学科では、疲労や亀裂進展計算も大変な作業だというくらいで、具体的な応力集中やS-N曲線も製図便覧の中のグラフで見る程度でした。
鶏か卵かですが、究極の軽量化設計をするのには、目的を達成できる材料があるかどうかも大切です。その材料の存在を知り、その特性を存分に使いこなすための設計方法の知識も必要です。このハンドブックは、本課程ではあまり扱わない設計方法の一つの、ベースになる知識を提供してくれることでしょう。
様々な材料の許容応力がいくら、ではなく、材料の成分、製造方法に係る方向性ごとに試験されたデーターと、さらに信頼性工学に基づいたデーター整理のポリシーがわかります。S-N曲線でも、応力比による影響も詳しく示されています。さっと全体を眺めて構成を理解することで、どういうことに注意しなければならないかに気づけるでしょう。こうした標準は、設計のマニュアルのようなものです。標準の作られた経緯やそのコンテンツの意図を考えて使えば、どんな標準も設計も、意外と早くできるようになるのではないでしょうか。
さらに関心を持った人は、破壊力学、破壊工学について調べて見てください。