機械工学

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機械系技術者を目指すひとつの動機(1)

機械系技術者を目指す一つの動機
最近は、独自の入試制度の影響なのか、日本の教育改革成功の影響なのか、育児のCOTS、はたまた教育産業進化のためなのか、その原因はよくわかりませんが、全く機械に関心のない学生が大阪府立大学の工学域機械工学課程に溢れています。
単純に考えれば、ステークホルダーにはただただ不幸な状況です。
機械に関心のない学生が大学の機械系に溢れると、すべての行為は形式的になってしまいます。特に、単位制をとる大学では、ただただ目の前の単位を取得し、そして次の期の単位受講申請をする。この繰り返しこそが、最も単純化された単位制教育の姿だということが、炙り出されます。
文系の教育では、まだ時間に余裕があるので、受験からの開放感を味わえる学生さんの割合も多いと見え、「大学生活を謳歌している」という昭和中期頃からの日本の教育崩壊を支援する表現がいまも見られます。それは、学生さんの精神衛生にとっては良い効果は呈しているようです。
一方、理系では、実習や実験があるために、時間拘束も文系に比して長いようです。さらに、無関心による知識の漏えい枯渇が拍車をかけます。そのため、受験から解放されたのに、日々、何かに追われる毎日のようです。とりわけ、機械系学類では、他の工学域の課程よりも演習、実習とそれにまつわる課題作成作業時間が多いようです。そういう作業から距離をとったとしても、そこには不安の温床しか発生しないので、いずれにしても、精神衛生上は悪い環境にあるようです。
そんな機械工学課程を、保護者や進路指導担当者はなぜ勧めるのでしょうか。
機械工学技術者が何者なのか。その技術者が担う業務は何なのか。
そんなことを誰も教えてくれることもなく、大学で機械工学課程を選択した(してしまった)学生さんは、大学でその答えを待ち続けています。そうして、わたしはそんな時間を過ごしてきた学生さんの、3回生になったごく一部と、授業でほんの少しだけ接触することがあります。
機械工学ってどういうものかを誰も教えてくれない。
まぁ、そうでしょう。
最近、多分、初年度ゼミナール、とか何かが一回生で行われていますが、その趣旨も私は担当者でもないので知りません。経緯だって、文科省がそういう科目をおくように指導したのかもしれません。希少な単位数の中でさらに教育を希釈するために本課程が創意工夫して少ない単位数をつぎ込んで実施している、とは思えません。きっと、この科目で何か導きの光を授けるのかな、と思っていましたが、学生さんの言葉からはどうもそうとは思えません。文科省の企画、という裏を取る気もないですが、文科省、趣旨はなんなんでしょう?
でも現状から察するに、きっとこのゼミナールははそういう趣旨の授業ではないということです。
 
3回生配当で、工学域内共通の専門科目、エンジニアのためのキャリアデザイン、というオムニバス科目があります。そこまで待たないといけないのかもしれません。
だとすれば、公開されている提供科目、シラバスの通り、かつて実施されていた、機械工学概論や機構学、機械技術論、その他機械の概念や基本知識を授けることのみを目的にした授業は、この間の大学改革の成果として、消滅してありません。つまり、いくら待っていても、そんなことを教えてくれることは大学ではおきない、ということです。
そもそも、アドミッションポリシーで、本工学域が目標とする一番大事なことは、「自由都市だった堺の地」にあるので、その自由さを伝承することです。技術や知識は大切だけど、それは自由と進取の気風、新しい文化と産業の創造、世界雄飛を求めるためなんです。新しもの好きで、文化と産業を起こすマネジメンターで、それを世界を駆け回って実行することなんです。別に製造業なんてメインじゃないんです。そうして、その適性を判断するのに、数学と理科と外国語の試験が実施されるんです。
もちろん大学なので学ぶ意欲は必要とされますし、愛も大切、未知の問題と文化の創造を目指す、それが理念です。製造することにはこだわっていません。理念にそう目的に対して知識を持つ技術者や研究者を育てるのです。

工学域アドミッションポリシー2020

工学域は、かつての自由都市堺に立地し、その伝統的気風、すなわち「自由と進取の気風、新しい文化と産業の創造、世界雄飛」をモットー※1に、真理の探究と知の創造を重視し、自然環境と調和する科学技術の進展を図り、持続可能な社会の発展と文化の創造に貢献することをめざしています。

このために、人と社会と自然に対する広い視野と深い知識をもち、豊かな人間性と高い倫理観および専門能力を兼ね備え、工学における重要な課題を主体的に認識して問題の解決に努め、社会の発展、福祉の向上および文化の創造に貢献できる技術者・研究者を育てることを目標にしています。

したがって、工学域では、学問を深く継続して学ぶ意欲に富み、人や自然を愛し、人類の持続可能な発展と世界平和に関わる未知の問題に果敢に立ち向かい、地球環境を守るという気概をもつ、次のような学生を求めています。

  1. 工学を学ぶことに対する目的意識を明確にもち、社会の発展に貢献する意欲をもっている人
  2. 自由闊達で何事にも興味をもち、主体的、積極的に学び自ら新たな課題を見つけ研究をしていこうとする人
  3. 工学的諸問題への強い関心と、問題解決への目標意識をもっている人

以上のような、工学域の教育理念・目的にふさわしい次の1~4の能力や適性を身につけた学生を選抜します。

  1. 高等学校における教科・科目を広く学習し、高い基礎学力を有していること
  2. 工学における諸課題に取り組むための基礎的な数学の素養、物理学の素養および化学の素養を身につけていること
  3. 英文を読んで理解し、書いて表現するための基礎的な能力を身につけていること
  4. 論理的に考える素養を身につけていること
だから機械工学課程も、製造業についてはあんまり追求しません。でも、あなたは機械工学の看板を四年間かそれ以上の年月をかけてしっかり背負って、社会にその真価を問われる立場へといこうとしています。
「機械工学」が何なのか、「機械工学技術者」が何なのか、それは待っていてはいけません。自分で調べないといけません。そうして、明らかになった機械工学の出身者の背負う責務の世間の認識を、あなたが受け入れられるかどうかをまず、検討することです。
当初の予定の話にたどり着けませんでした。
続編に続く。
※1 1500年代の堺は貿易都市だったようで、モットーを持っていたなんて、とってもモダンですよね。でも、自由都市堺のモットーがこの3つだった、という情報の根拠が見つけられません。うーん、これこそ創造?後付け?歴史観の相違?