機械工学
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デルタの系譜
デルタの系譜
オットーらが空に舞い上がってのち、しばらくは航空機の翼は矩形直線翼が主流でした。これは、流体工学よりも構造工学が優位であったからに違いありません。それはそうです。命がかかっている乗り物の性能は、まさしく命あっての物種、です。たとえ人命を輸送してなくても、輸送する物品が無事に到着してこその輸送機関です。最近の世の中の工業製品では忘れられているようですが、このような本来の目的を認知した発想は機械の重要な基本です、たぶん。
さて、ここで話題に取り上げるデルタとは、翼の平面形のことです。翼の平面形には、矩形翼、テーパー翼(逆テーパー翼)、楕円翼。また、後退(前進)翼にこのデルタ翼(たまに逆デルタ翼)、が有名です。でも、後述のように経験から始まった技術では、見かけや原理やパラメーターが入り交じった命名をしているので、ひとつの名称が複数の事象に関係していたりしていて整理はたいへんです。自分で調べて分類してみるのがきっとよい勉強になると思います。
デルタ翼を用いた最初の航空機設計の特許は、イギリス人JW ButlerとE. Edwards (1867) と言われていますが、当時、すでにロケットや、圧縮空気、蒸気、または火薬等の噴流推進システムには使用されていました。その、ロケットのための三角安定フィンは、コンラッドハースによって1529-1556 年に、そしてカジミェシュシェミエノヴィツによって17世紀に記述されました
最初にデルタ翼の実用化に向けて研究したのは、デルタ翼の命名者とも言われ、本研究室も関わりのある WIG の一代表タイプの開発者でもある、ドイツのリピッシュ博士(Alexander Martin Lippisch)で、第二次世界大戦前に多くの風洞実験や木製グライダーなどを用いた現実実験を実施しています。1931年に最初の厚翼デルタ翼機が初飛行し、戦時中に無尾翼機であるロケット推進戦闘機コメート( Messerschmitt Me 163 Komet )の開発を行いました。デルタ翼機では、最終的にとんがった三角紙飛行機のようなグライダー リピッシュ DM1 の飛行に成功し、DM2 の初飛行を終えずに終戦を迎えています。
ちなみに、リピッシュ氏は、通常の航空機で求められる特性と、地面効果翼で求められる特性は、その揚力発生機構の主たる領域が表裏逆であることもあり、逆の特性が功を奏することもあるようです。デルタ翼を徹底的に現実実験したリピッシュ氏は、WIGには逆デルタ翼を採用して成功しています。なお、フランス人航空機デザイナーRoland Payenも、1935年に「Fléchair(矢印)」という急進的なラムジェット搭載タンデムデルタ翼航空機を開発し、1939年のクーペ・ドイチュ・ド・ラ・ムルト航空レースに参加のところ、戦争と出力不足で実現せず、後継機の完成も、パリ占領で接収、ドイツのプロジェクトとなり、PA 22 V 5(独コード名 BI + XB)は風試完了後、1942年に初飛行を終えたところでパリ郊外オルリー空港南の自分の工場へへと持ち帰りました。しかし、1943年の空襲で機体は焼失したようです。
戦後、リピッシュはアメリカで米軍の超音速実験機開発に協力します(Operation Paperclip )。Xシリーズ実験機のXF-86 の実験を成功させ、コンベアー社の頓挫していた超音速迎撃機開発をサポートし、1948年にXF-92Aの飛行を成功、そしてその名も F-102 delta dagger の開発を成功させ、 その他の超音速機へのデルタ翼適用に貢献しました。
ちなみに、後退角やデルタ翼だけでは超音速以降の造波抵抗は解決されず、NACA Richard T. Whitcomb に命名されたエリアルールに則り中胴を絞ることによって、この問題を解決し、迎撃機として制式採用されています。さらにNACAで働いていたRobert T. Jonesが、超音速飛行のための薄いデルタ翼の論理を開発しました。これらの功績は、1945年1月に最初に発表されたものの利用で、1943年頃にドイツでの発表および特許の元になったOtto Frenz のエリアルール(”Arrangement of Displacement Bodies in High-Speed Flight”)、Küchemann Coke bottle の Dehitlich Küchemann(後にイギリスで活躍) などに関連した Adolf Busemann の1951年末の招待講演と彼の戦時中までの遷音速風洞現実実験の結果とそれら経験に基づいたわかりやすい感性的説明(管内流れ論)がきっかけで、NACAメンバーがエリアルールや薄翼(スーパークリティカル翼)をレポート化した、という感じのようです(Report 1284、他)。
大戦後の1950年代に、デルタ翼採用機は、コンベア F-102 delta dagger 、F-106 delta dart、B-58 Hasler 、XB – 70 Valkyrie 爆撃機(キャンセル)、MiG-21、ダッソーミラージュIII、ドラーケン 、などなどです。
航空宇宙産業で製造された中で世間に最も知名度のあるデルタ翼採用機の例は、いずれも引退してしまいしたが、欧州コンコルドと米国スペースシャトルです。これらはいずれも、ダブルデルタまたは発展型のオージー翼と称する翼平面形を採用していました。
デルタ翼の特徴。
デルタ翼が操作性がよく、機動性がよいのかは、理論ではなく経験からそのように言われています。数値計算による仮想実験の時代でも、結局は、日本人の苦手な創造的発想を元に、試行錯誤で確認されているのが実態かもしれません。起点が達成できなければ、新しい技術にはなかなかつながりません。そのためには、全体像を、鍛えた感性で理解する火値用があるように思うのですが、現代日本ではそのような異端論は口にしない方がよいそうです。
さて、デルタ翼の揚力発生機構は、日本的な、おとなしくまじめで地道で控えめを善しとする普通の翼とは少し異なっているようです。
普通の翼(一般的な翼型)では、いろんな説明方法はありますが、結局は下方から上方へと流れていく流れに対して、それを止めるような力を受け、翼はその反作用で力を受けている、ということです。大学では、これを運動量が変化したといい、運動量の変化が揚力となっていると説明することができます。また、翼面における速度の変化を調べることで、各所の圧力を拡大したベルヌーイの式、すなわちエネルギー保存則で圧力分布を積算して、その結果揚力が発生していると説明することもできます。これらは、とりあえずポテンシャル流として計算しても、当たらずとも遠からず、です。翼型では、圧力抵抗よりも粘性抵抗が大きいのだから、ポテンシャルで計算しても無意味だ、という人がいるかもしれませんが、それは各人が考えて判断してみてください。
さて、上述のようにすれば、普通の翼の揚力の説明になんとか自力でたどり着くことができるでしょう。
ところが、デルタ翼では、もう一つの要因の検討が必要になるのだそうです。
それは、渦、です。あの、やっかいな、渦、です。そう、定義も曖昧な、渦、です。
そもそも渦が発生すると揚力につながる、というのも、わかっているようでなかなか難しい話のように思います。「こんちわっ!」「よぉっ!はっつぁん!」。流体にも関連する?”風が吹いたら桶屋が儲かる” の一節。渦の効果ってそんな感じですよね。渦があると圧力が下がる、っなんて言うのは、もうなんか、都市伝説みたいなもんです。実際、渦がしっかり成長すると、それはすなわち、よく回っていると言うことなので、渦の中心周辺では圧力がよく下がります。でも、渦が元気かどうかは、結構出たとこ勝負です。また、渦はコロのようでもあるので、強い渦でも弱い渦でも、流れ場のとげとげしい部分で作用して、全体を滑らかにする作用もあるように思います。
本フローティングシステム研究室でも、エアクッションサクションパッド(フロートチャック)は、チャンバー内に安定した渦を保持するところが味噌でした。とはいえ、渦があるから圧力が下がる、というものでもなく、強い渦をいかに保持するか、というところを理解すれば、、、ということなのでしょう。一方で、渦は粘性によるエネルギー消散の元です。基本的には渦はそれ以外にもいろいろややこしいことを引き起こします。エネルギーロスを起こす代表的な現象が、メリットに働く、というところが、さじ加減の見せ所だったりして工学っぽいのかもしれませんね。
この圧力が都合よく翼の上面にあれば、それは揚力増強に貢献すると言うことです。普通の翼では、なかなか強力かつ安定した渦が翼上面に存在しにくく、失速時の大きな前縁はく離に伴う渦は、映像資料などでも見ることがあるでしょう。さらに迎角を大きくすると、渦はカルマン渦列のように流出していきますが、その渦に依ってか、失速後の揚力の変化は結構多彩です。ただ、普通の翼では、強い渦の効果で揚力が増強されたとしても、その渦はどんどん流下していくので、予測も難しく非定常なので利用もしづらく、たいていの文献ではその後について語られることは少ないです。唯一、工学的に気にするのは、垂直軸風車くらいなものでしょう。
一方、デルタ翼や高後退角の翼では、翼の前縁から発生した渦(軸はピッチ軸と平行的)が、翼面の圧力やら流れパターンやらの関係で、縦渦(機軸と平行な軸を持つ渦)へと移行して、前縁下流が前縁の内側であるデルタ翼上のいつも同じところに渦がとどまりながら、流体が流下していきます。デルタ渦のこのような渦については、動画サイトなどでも二つの渦がはっきり写った可視化実験や数値計算結果を見ることができます。
このとき、後退翼では、この渦をうまく利用する翼(面積)が少ないので、この渦を揚力に効果的に利用できません。他方、デルタ翼では、縦渦が広い翼面上に居座るので、揚力として利用できるようです。高迎角時ほど、このような渦が強く発生するので、デルタ翼機は基本的に迎角を大きく取ることが多いようです。この発想で、デルタ翼の前縁をさらに前方に伸ばしたもの(LERX:前縁翼根延長)をストレーキなどといって、渦発生装置のようにして利用するために、翼根を広くして利用する航空機もあります。そのためか、翼平面形状が台形だったりします(F-5, F-16, F-18 などなど)。
いずれにしても、デルタ翼では、普通の翼のような上下面の圧力差だけではなく、その上面に居座る縦渦の効果によって揚力を発生しているので、高迎角時でも安定した揚力が得られる、つまり失速が曖昧になる効果が気に入られているのかもしれません。
超音速時の機構については私はあんまりわかりませんので省略です。
一方で、低速時には渦も強度が弱く、揚力がうまく発生しないことや、高迎角にすると前方が見にくくなったり、充分な揚力を維持するにはあまり低速で飛行できない、などの基本性能を持っています。引き起こしなどの翼後縁のコントロール舵面は揚力をさらに減少させる効果を持つ、という工学的問題もあるようです。しかし、現在では様々な工夫によって、これらのデメリットをカバーし、この特徴的な翼型は今でも人気のようです。
実は、軍用機では、デルタ翼はおおはやりです。高空業界では有名で尚改造されつつある F-15 もクロップド デルタ翼、性能ではなくコストが原因で引退したF-14も後退翼時はデルタ翼形状になっていました。スウェーデン SAAB社の開発したクローズドカップルドデルタ翼(カナードの併用)によって、飛行基本性能が大きく改善され、多くの航空機がカナード付デルタ翼を採用しています。日本の1割程度の人口のスウェーデンで、独創的な航空工学コンセプトが開発されて世界に広がっています。スウェーデンは社会福祉的にもよく取り上げられています。つくづく日本の教育効果の検証が為されていない理由を痛感してしまします。
というわけで、前述以降のデルタ翼採用機は、A-4 スカイホーク、F-15、Tu-144超音速旅客機、MiG-29、Su-27、ダッソーミラージュ2000、ラファール、コンコルド、ビッゲン、グリーペン、などなどです。
相変わらず乱暴な話の持って行き方ですが、以下にその系譜を示してこの記事は終わりとします。
デルタの系譜(図中CA-23 はカナダの開発機です)