風を通すブラ、なんてウソだ!? 〜 夏ブラを機械工学で考察する
風を通すブラ、なんてウソだ!? 〜 夏用ブラを機械工学で考察する
さっさと結論を言って欲しい!、という方は迷わず最後にとんで行ってください。
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夏が近づいてくると、女性衣料の広告が一段と増えてきます。最近では、高機能衣料というものが流行していて、夏用衣料には、涼しげなキャッチコピーがついて、コマーシャルがあふれています。ところで、肌につける衣料にとって、涼しさを実現するための手段として、どのような技術が必要で効果的なのでしょうか。
景気判断にも重要な項目の1つ、個人消費の動向があります。その中でも、季節商品の売り上げが注目され、冷暖房用品と並んで注目されるのは季節衣料です。夏になると夏物衣料、冬になれば冬物衣料、経済の観点からも衣料品は重要なようです。
とりわけ、女性衣料は、夏にはどんどん軽装になっていくだけの男性に比べて、それなりの売り上げが確保できる重要アイテムです。特に女性用アンダーウェアは、夏でも冬でも、しっかりと単価を確保できる優等生のため、開発や広報に割く経費にもメーカーの気合が入っているようです。だから、一機械技術者の耳にも目にも、そんな広告が入ってきてしまうのですね。
個人消費の指標に用いられる百貨店、スーパーの売上の中で、「女性・子供・用品」は、「紳士服」のいずれも約3倍、いずれもトップの「飲食料品」に次ぐ売上高で、百貨店では飲食料品(28.2%)とほぼ同等の23.5%、飲食料品(70.8%)が中心のスーパーでも4.9%を占めています(経産省2016年)。
2016年、女性下着国内シェア41%(出荷ベース)に達したワコールの事業報告書によると、売上額が国内女性下着で葯1300億円であることから、女性下着はおそらく3200億円規模の国内市場です。トヨタ・ダイハツの国内車両売上が21.5兆円、一商品の単価を考えると結構な大きさかもしれません。それだけに、メーカーの開発費投資も、自動車並み、ということなのかもしれません。
実際、下着メーカーに素材を下ろしている布地や新素材を製造しているメーカー(東レ、帝人、日清紡HD、等)、特に新素材部門では、主に物質系の研究が中心となって、国からの研究補助金も降りているようです(実際のところは、リーマンショック以降の衣料業界低迷に対する経産省の再生対策です)。大きな市場には、多くの税金も投入されるのですね。そして開発された新素材は、女性衣料にまずは適用されることは、世の人ならよくわかっています。
さて、そんな重要な市場ですが、国際競争に勝てる強みを付加するためには、やはり機能性が重要なのでしょう。気づいてないかもしれないですが、冬にはそれなりに暖かいブラ。当然夏にもその効果は絶大です。地球温暖化のせいかどうかはさておいて、近年増加している酷暑のときでも、ビッタリとした下着を身につけることがやめられない女性にとって、特に、ブラジャーは大きな悩みの1つです。そんなブラジャーが快適に!となれば、多少値が張っても、いろんな新商品を試したくなるのが人情というものです。
では、どのような機能が必要なのでしょうか。
夏に暑いと、人間は汗をかきます。汗は、風によって蒸散し、そのとき、気化熱によって熱も取り去って行ってくれます。汗の主成分の水は、25℃で約2400kJ/kg、1ccの水の蒸発で500cc近くの水を1℃下げる熱量と考えると、すごく効果的です。この状況を再現しやすくしてあげることがひとつの方向性です。
水分をより効果的に蒸発させるためには、その周囲の空気をいつも乾燥させておくことです。そのためには、常に空気を入れ替えてあげることが必要です。空気を入れ替えることは、空気が動くこと、そう、風を吹かせることですね。だから、風を通すブラ、はすごく合理的で汗をすぐに乾かして涼しくしてくれそうな雰囲気をかもしだします。
さてさて、風を通すブラについては一旦おいておいて、肌に出た汗が風で直接蒸発するためには、汗をブラの表面に運ぶ必要があります。汗をブラの表面に運ぶことができれば、ブラが風を通さなくても、ブラの表面、トップスとブラの間に風を通すだけで涼しくなれそうだからです。
衣類は繊維でできています。一見繊維が詰まった衣類の中を、水が通り抜けるにはどうすればよいのかを考えます。つまり、汗がブラの外へ滲み出てくることですね。最近の新素材には、マイクロファイバーを用いて、驚異的に水分を吸収するタオルやダスターが登場しています。あ、そんな素材を使えばいいんじゃないんでしょうか? 確かに水分をたくさん吸収すれば、お肌の汗は取り去ってくれるかもしれませんが、それがそのまま布地にとどまっていたのでは、涼しくなるどころか、周辺の湿度が上がって、肌荒れを招いたり不快感が増します。水を吸った重たいブラ、なんて最悪ですよね。でも、どうしてマイクロファイバーのような布地はあんなにたくさんの水を吸い込むのかはいいヒントです。
そもそも、なぜ布地に水が移動していくのでしょうか。そこには2つの要因が関係するように思います。
布地が全く水を吸い込まない、といえばそれは撥水効果です。雨傘に撥水スプレーを塗布したりしますよね。撥水効果は、液体と物質(繊維)表面との濡れ性に関係します。濡れ性が悪いと、水は繊維に近付こうとしてくれません。当然、汗はお肌に止まったまま。汗はたまって胸の谷間から流れ落ちるし、蒸発もしないので、これはよくありません。ということは、ブラの素材は濡れ性にとんだ繊維が良さそうです。表面がなめらかな場合、濡れ性はそれなりによいようです。油分が付着すると、水を弾くので濡れ性は悪化しそうです。また、細かな突起があっても、接触面積が減って、水の表面張力がよく効いて、丸くなってしまってはじかれてしまいます。マイクロファイバーの繊維はポリエステルやナイロンで、繊維の表面は結構ツルツルしています。例えば同じツルツルするアクリル毛布などに水を落とすと、染み込まないでしばらくは玉になっています。毛布は、繊維が立っているので、接触面積が小さくて、表面張力がよく効いて丸く弾いているように見えます。でも、拭こうと思ってダスターなどで抑えた途端、一気に中に入って行ってしまうのは、せっかく繊維の先端で浮いていた水が、繊維の側面に触れて吸い込まれて行ったからでしょう。
さて次に、この吸い込まれていくのはなぜでしょうか?
それは毛管現象です。透明な管に入っている水の表面を観察すると(今はほぼ絶滅したアルコール温度計など)、管に触れたところだけ少し高くなっているアレです。液体によっては、逆に低くなることもあります(これまた国際法で絶滅した水銀体温計など)。毛管現象は、表面張力です。表面張力は、分子間力など、水分子間で働く力です。繊維と繊維の隙間で、濡れ性がよいと、水がどんどん表面張力によって発生した進む方向の力に引っ張られて進んでいきます。これを利用すると、汗を外に運んでいけそうですね。毛管現象が十分に発生すると、汗は表面だけではなく、四方八方、広がっていきます。面積が大きくなることは、空気と触れる面積も大きくなるので、より効果的に蒸発できそうです。シルクやポリエステルなどは、表面がなめらかですが、ウールや麻、綿などは、表面が凸凹しています。凸凹していると、抵抗があって水も進みにくそうです。ストッキングに水滴を落とすとどうでしょうか?
さて、以上を考えると、濡れ性がよく、表面がツルツルした繊維でで毛管現象を起こしやすい布地。こういう素材が良さそうです。
でも、お肌に直接触れるものだから綿素材がいい、という声が聞こえてきそうです。でも、これまでの話を考えると、天然素材は、水を弾きやすく、一旦染み込むと溜め込みやすそうです。メーカーは、化学的な結論を得ていても、商品が売れなければ元も子もありません。正しい知識が間違った常識に打ち勝って、新しい常識にならない限り、おかしいと思っていても消費者の声に合わせてしまうようです。それはメーカー倫理としてどうかとは思いますが。もちろん、本当に化学繊維素材が体に悪いのかどうか私には専門外でわかりません。ただ、悪いという結果が確定しているのなら、規制の厳しすぎる日本の厚労省は、合成繊維を直接肌に触れる下着への使用を認めていないとも思えます。アレルギーについても、注意書きを義務付けていそうです。もちろん個人差もあるでしょうが、そこは生命科学の専門家の領域ということで、ここではフタを閉めておきます。
さあ、表面に汗を誘導して拡散できる下着ができたら、あとはたっぷり隙間ができるアウターを着ていれば、動くたびにアウターとインナーの隙間に風が起こって、爽やかな気分になれそうです。
さぁお待たせしました。風を通すブラはどうなったのでしょうか。
ブラがお肌に密着しているなら、そんなものは流体工学的には物理的にあり得ません。風が通るためには、絶対に風の通り道とその駆動力が必要です。通り抜けていく先と力が必要です。それは、流体力学でも重要な運動方程式と保存則である連続の式(質量保存則の流体力学名です)からも明らかです。女性は、そうでなくても体にフィットするようにブラを選んでいます。体にフィットするということは、外からブラを通ってきた風は一体どこにいくのでしょうか?汗とともに肌を通り抜けて肺から出ていくのでしょうか?逆に、女性の肌からは体内から風が吹き出していて、ブラを通りに家手出て行くのでしょうか? いえ、絶対にあり得ません。
涼しいブラは、単に “素材が風を通す” だけでは絶対に実現できません。そもそも風はフィットしているかぎりは通り抜けられないからです。いくらメッシュ素材で手にとって息を吹きかけたときに風がどんなによく通っても、それは身につけた途端無意味です。汗を外部へ運ばないブラは、結局、汗で湿った空気をずーっとお肌のそばに留めてしまいます。境界層と言って、壁のそばや狭い壁のすき間には風が起こりにくいという物理現象もあって、多少メッシュが粗くても、ほそい隙間(流路)があったとしても、風はそう簡単に汗にまみれたお肌には届きません。汗を肌付近にためてしまえば、ジメジメするだけではなく熱まで溜め込んでしまいます。汗を蒸散できればぐっと涼しくなるはずです。
さて、機械工学の面白いところはこれからです。
これらのことをふまえて、どんな機械工学的な工夫を考案して各メーカーが新製品を出し、それをどのような言葉で機能説明をしているのか。そして、今年もでてくる新製品の数々を、ユーザーが機械工学的に自分なりに分析して、自分で真偽を判断できる人が増えていくようになれば、日本の教育や技術、文明の進歩もまだまだ希望が持てそうです。商品の機能の実証実験やその結果ですら、実験方法によって信頼性も変わります。これらも全部機械工学が関係しています。
さてさて、機械工学に少しは興味をもっていただけたでしょうか?
参考
2013年に大手メーカーから発売された商品は、風を通すことを配慮していました。通常製品と比較して(瞬間最大?)0.615度の温度低下を確認したそうです。さすが世界に進出しているメーカーです。有効数字小数点以下3桁の温度測定実験結果です。本研究室の予算規模では不可能です(本文中は1桁でした。報道資料は報道のレベルに合わせて丁寧に作らないといけませんね)。実験方法はよくわかりませんが蒸散量も計測していますが気化熱効果があっても、0.6°かぁ。普通は実感できない温度差ということは。。。。難しいもののようですね。
結局近年は、各メーカー、風を通すことはあきらめて、吸湿速乾に傾倒しているようです。機械系としてはさみしい限りですが、コストを考えれば至極合理的な気がします。